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めどうさん、大変ご無沙汰しておりました、やまももです。
拙ブログ「ポンコツ山のタヌキの便り」に7月にアップいたしました拙文「向田邦子居住跡地に行って来ました その2」に「やまももさんのいつも変わらぬ丁寧な文章が心地良く、また周囲の様子をなんとなく知っているだけに親近感を持って読むことができました」等のご丁寧なコメントをいただき、大変恐縮しております。
それで私の方も久しぶりにめどうさんのホームページを訪問させてもらいましたが、そこで「西郷隆盛は『おいどん』と言っていたのか?」を拝読させていただきました。
それによりますと、鹿児島城下で生まれ育った西郷隆盛は自分のことを「おいどん」とは呼んでいなかったと思われるが、旧川内市、薩摩郡の方では目上の方に対したときに謙譲の意味で自分のことを「おいどん」と称したようだと考えられるのですね、そして「おいどん」を単数1人称代名詞として使用するのは、「鹿児島弁としては、亜種的なものだと思われるが、その響きに、独特の個性と存在感があったため、代表的な鹿児島弁として広まってしまい、薩摩の英雄『西郷どん』とセットにされてしまったというのが真相ではなかろうか」と結論づけられておられますね。
めどうさんとは前に鹿児島弁の「おいどん」についていろいろ論じ合ったことがありましたが、「西郷隆盛は『おいどん』と言っていたのか?」という文章はそのときよりさらに「おいどん」という言葉について認識を深められておられますし、またとても説得的なものになっているように拝察いたしました。お陰さまで私も大変勉強になりました。
これからもいろいろ鹿児島のことについて教えてくださいね。どうかよろしくお願いいたします。
http://plaza.rakuten.co.jp/yamamomo02/
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