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2014年の年初め

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2014年 1月 9日(木)22時20分47秒
  池田サラリーマンの皆様 新年おめでとうございます
 平成二十六年を迎へて健やかなお正月を過ごされた事と存じます
松の内も過ぎ明日は早や十日戎です 今年の年明け三が日は穏やかなで暖かい日々でした。
毎年恒例としております三社詣でを今年は池田市内とし、先ずは居住地の畑天満宮に昨年のお札を返し、新しい破魔矢を授かり、ちなみにおみくじは小吉で「目出たさも中位なりおらが春」でしょうか。そして、池田駅近くの呉羽神社と八坂神社に参拝。
昨年末、安倍首相が靖国参拝で近隣諸国に物議を買っておりますが、我ら庶民は初詣を一年の門出として無事新年を迎えられた事を感謝し平和な日本を切望する祈りでもあります。
 雑感 元旦、2日と近隣を歩いて気付いた事は大きな門構えの邸宅でも門松が見かけられず、しめ縄すら飾らない家が多々あり、日の丸を掲げた家が唯一、一軒見掛けただけで、着物姿の減少と共に過去の風物詩となってしまったと感じる正月です。かく言う私宅とてこの数十年祝日に日の丸を掲げた記憶がありません
恐れながら下記コラージュ画像は我が家の正月風景です
今年も宜しくお願い致します
 
 

吉本興業と政府の軍国主義

 投稿者:ねこ  投稿日:2013年 4月26日(金)22時35分37秒
  吉本興業と政府の軍国主義

http://park.geocities.jp/j_con4/0204/p043.html#page286

もともと、「お笑い演劇」は、国民に周囲の問題を忘れさせ、
暴力を肯定する、薄っぺらな大衆を作ることが目的だった。
歴史を振り返れば、簡単にわかること。
(仮説を含む)

( http://park.geocities.jp/jpcdebate/0103/p035.html )
 

近況

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2013年 3月25日(月)23時58分40秒
  久し振りの書き込みです。平成25年3月も早いもので下旬となりました。この時期月日の過ぎ去る様を慣用される例えに、1月は行く、2月は逃げる、3月は去ると言い、瞬く間に3月も早や下旬です。4月に入れば総会が6日に予定されています。
昨今、EU圏では昨年のギリシャに対する財政支援に次いで、今日25日キプロスに対しても金融支援がEU圏諸国首脳者間の会合での合意を受け、今日も円安、株高と日本経済もアベノミクス(デフレと円高からの脱却)が春と共に上昇気流に乗った感があります。
OB会のハイキング部会以外の皆様とはご無沙汰です。3月度のハイキングには先週の20日交野方面に行きました、降雨が心配されましたが、平地に下り最寄りの駅に向う直前に雨が落ちて来ましたが、先ず先ずのハイキング日和でした。
さて、当方今年の3月末で14年間乗った「クレスタ」を処分します。車検が4月なのでこの際処分です。3月期は人との別れの多い時機ですが、長年乗った愛車との決別も寂しい気が致します。車も10年を超すと査定額はつかないと言われ、気持ちだけ1万円の査定額がつきました。買い物や家内の送り迎えに不便を感じますが、年金生活者にはこれも一つの区切りでしょうか?
昨日24日(日)五月山体育館に於いて春のダンスパーティがあり行ってきました。近郊から愛好者が多数集まり、プロのデモタイムのあるピーク時には500人位は居たでしょうか?
ハイキング翌日の21日(木)には、家内と神戸市立博物館で開催されている「中国王朝の至宝展」にと、現状元気に行動しております。ハイキング時の画像添付ご覧下さい。
 

ふざけも限度

 投稿者:非常識  投稿日:2013年 3月16日(土)09時55分11秒
  寒山寺の鐘つき、ふざけも程々に、鐘をついたら余韻が残る間、手を合わせろのが大人の常識。
思い切り叩いてゲラゲラこんな大人がいたとはなーーーーー非常識な・・・・・
 

神が宿る岩「イワクラ」探訪

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2012年12月10日(月)11時48分52秒
  池田サラリーマンOB会の皆様久し振りです
2012年12月2日有縁倶楽部(食事会)の有志15名が会員の吉本さんのご案内で、西宮市甲陽園目神山町の伊藤慈光さん宅内の「磐座」(イワクラと読む)を訪ねる。
ここ目神山町一帯は地名からして神の宿る山として、此の辺り崇められたと思われる。
阪急甲陽園駅からほぼ北に約600mばかり坂を登った所に伊藤慈光さん宅が所在し、更に北方約1kmには甲山が有る。
伊藤さん宅は道路添いの門を入ると、かなり急な坂の上数十メートルの所に有り、斜面一帯が庭となり、晩秋の紅葉や落葉の中に「磐座」が点在している。伊藤慈光さんのお話しによると、48個あるイワクラはそのままの状態で移動させず家を建てたと云われていました。
大きい磐座は2~3メートルの岩で主な岩には命名されています。個人の敷地内に点在するケースとしては珍しいのではないかと思われます。
玄関及び各部屋や廊下には慈光さん自記筆の大型の絵画(100号位)が数多く飾られ、焼物もテーブル上にあふれんばかりに飾っておられました。
皆さんが揃った時を見計らって、玄関の祭壇で慈光さんが祝詞を唱えられた後、庭を一通り案内して戴き、亭に戻り昼時なので皆さん持ち寄りの品で昼食の宴となりました。
約2時間歓談し伊藤亭を出ました。
「イワクラ」について
 「イワクラ」とは、「磐座」と書きます。巨石には神が宿るという古代人の信仰により恐れ敬われてきました。その言い伝えが現代にまで語り継がれ、大切な場所、あるいは恐れ多い場所として人が容易に踏み込まないようにそのいくつかは、神社等のご神体として今日まで大切に守られてきていますが、忘れ去られ、放置された磐座もたくさん存在します。
 古代、神は全ての植物や動物、山や川、あるいは岩石など、あらゆる自然の事物に宿るというアニミズム信仰でした。その中でも、特に美しい円錐型をした山は神そのものとして、また山中にある巨石は神々が降臨してくる場所として敬われてきました。そして、時代が進むにつれ、太陽の復活と再生を願う祈りの場や自分達の子孫の繁栄や生活の節目を区切るための祈りなど、様々な祈りの場が必要となってきました。そのための祈りの場を信仰の中心である「神体山」の中やその周辺、あるいは自分達の集落の近くに自然の岩を組み上げ、神の降臨する場所を人工的に造るようになったのが「イワクラ」と呼ばれるものです。
 しかし、これらイワクラは、研究が進むにつれて「必ずしも祈りの場としての役割だけではないのではないか。」というふうに言われてきています。
 例えば、いくつかのイワクラが配列され暦としての役割を持っているものや、大きな川を見下ろす山の頂上部分に巨石が積み上げられていたり、平らな面を持つ巨石が特定の方位を示して置いてあるなど、川を航行する人のための標識や、特定の場所を指し示す標識として置かれているのではないかと考えられるものもたくさんあります。また、後世の人類に何かを伝えようとしているかのような「モニュメント」的なイワクラの集団もあります。     インターネットより転載
 

幸福立国ブータン その1

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2012年 4月23日(月)21時10分13秒
  退職後、池田市立図書館や石橋のスポーツジムの帰りに石橋プラザに行き本を数冊ずつ借り受けて読んでいます。ジャンルは歴史もの主体ですが、いろいろ気にいった物を適当に借りまくっています。
最近「幸福立国ブータン」大橋照枝さん著2010年7月を読み、考えさせられるところが有り、かいつまんで私なりに以下に書き綴りました。一読して頂けたら幸いです。
幸福のものさし(ブータン国)その1
OB会の皆様GNH(注釈※1)の略称をご存知でしょうか? GDP(注釈※2国内総生産)や以前はGNP(国民総生産として表わしていました)は新聞テレビなどで見聞きされているでしょう。GNHは(国民総幸福感※1参照)すなわち国民が幸福と感じているかを示す指標でブータン注釈※3では97%の国民が幸福を感じて生きています。ブータン国は北に中国、南にインドなる大国・強国に囲まれていながらネパールやチベットの様に中国やインドに内政干渉される事なく毅然と生きています。何故なんでしょう?又、国民の97%が幸福と感じる彼等の生活、国政、環境、社会などについて思うところを書き綴ってみました。(今回は序章で後日追加配信します)
 先ずブータンと云う国について、ヒマラヤ山脈の東側に位置している小さな仏教王国で、国土の面積は九州の約90%、国土の72%が山林で、その山林を60%以下にしてはならないユニークな規制が憲法に定められています。人口は約67万人(島根県が71万人)の小国で主な産業は農林業で水力発電所を持ち電気をインドに供給。この売電による収入が国家収入の約40%を占め、その他観光収入などが主な収入資源で国民の殆どは自給自足の生活です。従ってGDPは世界158番目(2008年)なのです。このように金銭面では決して豊かではありませんが、このような幸福度を多くの国民が抱くのは何故なのでしょう?それはジグメ・シンゲ・ワンチュク第四先代国王が導いた功績が大きいのです。第四代国王に就いたのが1972年、弱冠16歳で即位し17歳の戴冠式の頃ブータンはGDPよりGHNで進むべきと提案、21歳の時スリランカで催された第5回非同盟諸国会議の記者会見で発表されGNHが国際的に知られるところとなりました。そしてGNHを前面に掲げ国民の平安を維持するユニークな文化と価値観が国連やOECDの注目を集める事となり、同国のジグメ・イェゼル・ティンレイ首相が1998年ソウルで開催されたアジア太平洋ミレニアム会議で「GNHの価値観と開発」と題するGNHの四本柱である①環境保護 ②文化の推進 ③良き統治 ④公正な経済発展の基調講演を行い、2008年には国連総会で演説しGNHの先進性を歌い上げました。又、ブータンはここ数年GNH国際会議を催し、初回はブータンで開催、以降カナダ、タイ、ブラジルで開きGNHの重要性が先進国へと広がりつつあります。又、GNHは「憲法」にも国是としてうたわれ10の省「外務省、教育省、保健省、他・・・」があり、その省の中で実践され、さらにその省の上にGNHのコミッションが置かれ責任者は首相のティンレイ氏が統轄されています。ここまで道筋を付けた第四代国王は2006年に王位を皇太子に譲ると共に2008年には王政をも廃止し「議会性民主主義国」にすると宣言して51歳で引退。昨年日本を訪問されたフレッシュな第5代ワンチュク国王とジェツン・ペマ王妃が国賓として来日され、天皇家を表敬訪問されると共に東北の震災地を慰問され、国会において演説された事は記憶に新しい記事です。
 同じアジアの国ながら、飢餓に困窮する国民をかえり見ず、ミサイルの発射実験や核開発に多額の国家予算を費やす、何処かの国と雲泥の差があるこの現実は何とかならないかと思う次第です。
 日本とて物質的な豊かさには恵まれてはおりますが、国の財政赤字、円高による工場の海外移転に伴う空洞化現象で雇用の減少、少子化による将来の不安、来るべきTPP開放による農水産業の衰退や東電福島原子力発電所の事故処理と問題山積している日本のあるべき姿を見つめる時、高度成長の終わった今、大きなターニング・ポイントに立つ日本、どう舵を切るか政治家の手腕が問われるところです。 続く・・・

※1 GNH国民総幸福量(こくみんそうこうふくりょう、英: Gross National Happiness, GNH)または国民総幸福感(こくみんそうこうふくかん)とは、1972年に、ブータン国王ジグミ・シンゲ・ワンチュクが提唱した「国民全体の幸福度」を示す“尺度”である。国民総生産 (Gross National Product, GNP) で示されるような、金銭的・物質的豊かさを目指すのではなく、精神的な豊かさ、つまり幸福を目指すべきだとする考えから生まれたものである。現在、ブータン政府は国民総幸福量の増加を政策の中心としている。政府が具体的な政策を実施し、その成果を客観的に判断するための基準にするのが主な用途で、1990年代からの急速な国際化に伴って、ブータンで当たり前であった価値観を改めてシステム化する必要があったという。
※2 GDP(国内総生産)とは、1年間に新しく生みだされた生産物やサービスの金額の総和のこと。GDPはその国の経済の力の目安によく用いられます。また、経済成長率はGDPが1年間でどのくらい伸びたかを表わすものです。経済が好調なときはGDPの成長率は高くなり、逆に不調なときは低くなります。
※3 ブータン王国(ブータンおうこく)、通称ブータンは、南アジアにある国家。インドと中国にはさまれている、世界で唯一チベット仏教(ドゥク・カギュ派)を国教とする国家である。民族はチベット系8割、ネパール系2割。公用語はゾンカ語。首都はティンプー。急速な近代化(欧米化)のなかで、近代化の速度をコントロールしつつ、文化大革命に端を発する中国の進出で領土の1割を事実上喪失し、内陸の農村部に強い影響を受けた政治的立場や、全体主義的な伝統を維持しようとする政治に世界的な注目が集まっている。前国王が提唱した国民総生産にかわる国民総幸福量 (GNH) という概念、さまざまな環境政策、伝統文化保持(隣国のシッキム王国(現シッキム州)のインドへの併合経緯に由来するブータン族優位政策の一環)のための国民に対する民族衣装着用の強制などが近年のスローライフなどのキーワードと組み合わされて語られる場合も多い
参考文献 「幸福立国ブータン」大橋照枝著
上記 注釈※1~※3インターネット ウィキペデア フリー百科事典から転載

 

奈良まほろば円舞会

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2012年 3月30日(金)12時14分29秒
  今年も早や3月下旬となりましたが、池田サラリーマンOB会の皆様如何お過ごしでしょうか?
定年後ダンスを始めて大阪のスポーツジムやカルチャーで多数の友達が出来て、いろいろなイベントに誘われ日々忙しい限りです。さて、今年2012年で4回目となる「まほろば円舞会」が、3月10(土)なら100年会館で開催され観賞に行って来ました。
まほろば円舞会は、平城遷都1300年祭のイベント事業開催・育成のために設立され、“1300年祭~まほろば円舞会~”が2009年3月14日(お水取りの土曜日)に、奈良県庁前の回廊で開催され、今年で4回目となります。今から1300年前に西洋の国からシルクロードを経て平城京にダンスが伝わったとしたら、貴族たちが平城京宮廷円舞会でどのように踊ったのだろうか? 再現してみたい。その思いが“まほろば円舞会”を実現させたのです。
1幕は、華やかな舞踏会、西洋と東洋の美を融合させた優雅なダンスファンタジーで、まほろば王国宮廷円舞会に繰り広げられる国際的ロマンを物語にされてました。2幕のShall We ダンス?は、生涯学習として学んでいる子供から高齢者までの方が参加するパワフルなダンスや踊りのパフォーマンス・ステージで、在奈良の各種カルチャーから数多くの出演者が熱演されていました。コラージュの写真一部添付。
 

話題の映画3本

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2012年 3月 8日(木)23時13分30秒
  OB会の皆様ご無沙汰です。久しぶりの書き込みです。
この時期、三寒四温、昼間が長くなり寒い日があるものの春らしい気候になって来ました。
四月に入れば、総会や駅前観光案内など行事が入ってきます。
さて、今月2日封切られた「戦火の馬」を6日梅田ブルク7で観てきました。
スティーヴン・スピルバーグ監督で、第1次世界大戦下を舞台に、主人公の少年アルバートとその愛馬ジョーイの物語。
スピルバーグは人間と人間以外の生命体をテーマにした映画が好きなようだ。「ET」「未知との遭遇」「ジョーズ」「ジュラシックパーク」など名作が多い、「戦火の馬」の舞台は、第1次世界大戦前のイギリス、馬の競売時、男の対抗心と勢いで高額で競り落としたジョーイという馬が、農家に買取られ少年に育てられていたが、第1次世界大戦で軍に徴用され戦線に駆り出される。ジョーイは数奇な運命をたどる。さまざまな危機に遭遇し、ジョーイは、その時々の運命の中でけなげに働く。ジョーイは、四白流星の美しい栗毛駒で、4本の足が白い靴下を穿いているように見え、額には縦長の十字を思わせる流星が走る馬で、
スピルバーグは、その美しさと躍動感に「映画的な生命体」の原型を見たと思われる。ジョーイは大砲を引き、地雷原を駆け、鉄条網に引っかかりながらもイギリス、ドイツが一時停戦してジョーイを助ける。第1次大戦において、英国では約100万頭の馬が軍に徴用され、6万頭しか生き残れなかったそうで「戦火の馬」を映画として動かしつづけた美しい栗毛馬の演技に脱帽、「風と共に去りぬ」を連想させる夕焼けのラストシーンも感動的な美しさです。
必見の価値あり。

「ALWAYS 三丁目の夕日’64」
このシリーズ3作目を箕面シネマ109で先月見た。前の2作は原作漫画をベースに昭和33~34年の下町を描いていたが、今回の舞台はそこから5年後、オリンピックに沸く昭和39年、カラーテレビが家庭に普及し始めた頃、映画の物語は3部作として最初から構想していたかのような展開で、堤真一、吉岡秀隆、小雪、堀北真希、他各々好演。シリーズなりの出来といえる。プラス¥300也で3Dとして見た。東京タワーなどの空撮では目の前に迫り「おお」と思わせる以外は、さほど3Dの効果はなし。
しかし、何も考えずにどっぷり感傷に浸り、一昔前の下町の人達の気持ちがストレートに伝わり、笑って泣けるという心地よい形で満たされたのが良く昭和中期のノスタルジーをかき立てられる。
「人が人を思いやる心」が、全篇を通して貫かれ、懐かしがって終わりという映画だけではなく、時代の再現性が懐かしく、戦後に別れを告げ高度成長期に入いった時代のひとコマか。今、平成も24年に至っているが、今現在、少しばかりの経済的な豊かさと引き替えに日本人は大切な何かを忘れ去り、政治、経済、教育、少子化と日本の社会はすべてにおいて何をどう道を誤ったのか?
東北震災1年を迎えようとしている今、何かを考えずにはいられないと感じている最近です。

東野圭吾の人気ミステリー・シリーズ。「麒麟の翼」をこれ又、先月東宝シネマ梅田で見てきました。ドラマのキャストそのまま映画化され、主人公の刑事・加賀恭一郎は、遺族たちに丁寧に向き合いながら、日本橋で起きた殺人事件の被害者や容疑者の周囲を調べ、彼らの行動の謎を解き明かし、事件の真相を探って行くストーリーは見所があり、被害者・容疑者それぞれが秘めている家族への想いが明かされる。役者、阿部寛、溝端淳平らレギュラーに加え、新垣結衣、中井貴一、らが出演。監督は『涙そうそう』『ハナミズキ』の土井裕泰。ただ、原作を読んでいないので解らないが、最後に犯人の少年が友達の父親をなぜ殺人せねばならない動機が薄い、安物テレビドラマにありがちな簡単に殺人に至るところが気にいらない。 惜しい。
 

年頭のご挨拶

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2012年 1月 3日(火)12時43分32秒
  池田サラリーマンOB会の皆様、新年明けましておめでとうございます。
昨日2日午後、毎年恒例の3社参りに、地元である畑天満宮を参拝し、箕面市に入ってすぐの桜ヶ丘2丁目に所在する阿比太神社そして神田の八坂神社と3神社を駆け足で参拝してきました。数年前は中山寺、清荒神、門戸厄神の3社でしたが、ここ数年地元に変更しています。
?さて今年も辰年にちなんだ初頭のご挨拶です
?平成24年の干支は、「壬辰」(みずのえたつ)です。唯一架空の生き物である辰(龍)が十二支の中に存在。昨年末、総務省がまとめた2012年1月1日現在の人口推移によると、今年の干支である辰年生まれの人口は1022万人いらして、総人口に占める割合は8%で十二支の中では3番目に少ない人口構成です。「時事通信社」から
?辰年の特徴は正義感と信用という、今日の日本政府からはかなりかけ離れたものが辰年の特徴です。辰が十二支の五番目に当てられたのも、動植物がふるいたつ初夏の頃の意からといわれています。また、これを「龍(竜)」としたのは庶民に十二支を浸透させるためか又、辰年は今まで内に閉ざされ、紆余曲折していた陽気、活動が活発化するにつれ、善悪のいろいろな問題が外に出てくるので、それだけに気持を集中して物事に対応してゆく年といえるでしょう。野田内閣、期待していますよ!
?辰年生まれの人の性格
干支の中で架空の生き物であり、神の使いとしてあがめられている十二支辰年の性格といえば闘争心が強い星として知られています。非常に強い競争心を持っており、どこまでも闘いつづけようとします。義侠心があるため、目下の人の面倒をよく見るタイプです。その結果、目下の人に頼られる傾向にあります。言葉の力で闘争するため、言葉の剣で人を屈伏させてしまうことになります。
陽気で傲慢なタイプの人が多く、能力を過信する傾向にあるため、危機管理が不十分となりやすく、思わぬ出来事に遭遇してしまいます。権亡術策にたけており、いったんは権力を掌中にすると、強引な力で権力を手に入れるため、その反動で失脚することになりやすい。なんでも言いたい放題の言動をとるため、共同事業には向かない。感情をあらわにするため、サービス業には向きません。お客が離れていくことになります。率直に意見を述べるため、人の感情を害することになり、争いが発生する。 さて辰年生まれの皆様方思い当たるところありますか?
【長所】正直。涙もろい。同情心がある。感激し易い。勇気がある。人に愛され、引き立てられる。義侠心がある。忍耐強い。
【短所】片意地で偏屈。生一本の性格。求めなくともよい悩みを招いて一人思案に耽る。人に詭弁を振るったり、頭を下げたりすることは苦手。自負心強く傲慢。
?辰は十二支の五番目で、方角は東南東。時刻は午前八時、または午前七時から九時までの間をさす。因みに今年の「恵方」福の神「歳徳神」が降臨する方角は北微西、すなわち、映画の題名ではありませんが北北西に針路を取れ?いや北北西に向いて節分には巻寿司丸かじりgood。
?辰にちなんだ故事・ことわざを記す
?龍門の滝登り(登龍門)
龍門は、中国の黄河中流の難所、山西省に在る急流で、鯉がここを登りきると竜になって天に登るといわれている。立身出世の道が開けるたとえ。
?龍虎相博つ
竜虎は力量の伯仲した、天下を二分する英雄のたとえ、その世界における二大強豪が優劣を競って対決するさま。
?竜の水を得るが如し
竜が水を得て雲を呼び、天にも昇る様な勢いのことで、力を秘めていた強いものが機会を得て、その力を一層発揮すること。
?虎口を逃れて龍穴に入る(一難去って又一難)
災難をようやく逃れたと思ったら、又別の災難に襲われる事。第2の震災や原発事故は避けたいものですが・・・・。
?逆鱗に触れる
目上の人などの機嫌を損ねて怒りをかい、激しく叱られること。逆鱗は竜の胸に逆さに生じた一枚のうろこ。
?雲蒸龍変
雲がわきあがり、龍がそれに乗って不思議な働きをする事象。
?竜頭蛇尾
頭が竜のようで尾が蛇のように、始めは盛んで終わりがふるわないこと。
 不良定年も竜頭蛇尾にならないよう1年を元気に過ごそうと思う年頭のご挨拶でした。今年もよろしくお願い申し上げます。

 

五月山下草刈り

 投稿者:不良定年ミスターX  投稿日:2011年11月15日(火)11時26分28秒
  池田サラリーマンOB会秋の行事、五月山下草刈りが11月12日(土)実施。緑のセンターに午前9時集合、池田サラリーマンOB会のメンバー約50名、市及び市内企業の職員十数名が参加、前日の雨で若干足場に不安がありましたが、朝から晴れて快適なコンディション。
緑のセンター中庭において連絡や注意事項が有り、日の丸展望台方面に向けてハイキング道を登る。展望台近くに分散して各自作業に取り掛かる。中腰の作業でもあり1時間が過ぎる頃少しばかり腰のコリを感じながら11時30分頃まで各自思い思いの下草刈り作業が終了。作業終了後、五月山児童文化センターの広場において、持参の弁当に差し入れのビールで歓談して解散。気持ちの良い1日でした。
 

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