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倉澤平治右衛門住居跡地

 投稿者:Y,H  投稿日:2015年11月12日(木)14時05分54秒
  倉澤平治右衛門 居住地跡に 看板、標識が建てられました、道順を示す標識も中ノ沢に建てました。五戸町の観光課、図書館等に、訪れた時は、お尋ね下さい。
ブログで旧態もあります。新情報を得て、五戸町にお越し下さい。徐々にですが、改善努力を有志で行っています。皆様のお越しを、お待ちします。
 
 
 

倉澤平治右衛門 農業記録

 投稿者:y、h  投稿日:2015年 5月21日(木)17時52分4秒
  倉澤平治右衛門が、明治20年に、五戸村内での農作業を述べている新資料が発見されました。この原資料が五戸町中ノ沢に所蔵されています。三戸郡内の農業改良事情もみれます。
平治右衛門は、こんな様に発言しています。
、、末タ経験ニ富マス 多年秋芋ヲ栽培スルニ充分長伸セサルニ暑気ニ逢エハ虫害多ク 故ニ甚暑ノ候ニ逢ハサルヨウニ 早植スルカ左ナクハ酷暑ノ候ニ、、、、木灰廓肥等ヲ可成多ク用ユルカ可ナリ 又芽ヲカキテ植レバ作充分アリト覚ユ 又2度薯ノ跡畑ヘ、、、、
 

同姓同名

 投稿者:伊藤哲也  投稿日:2014年11月 4日(火)23時12分8秒
  『歴史春秋65号』で紹介した斎藤一関係資料のうち、「帰農願人別」の一瀬傅八は「五百戸人別帳」や他の1点ともども従来の一瀬傅八と別人です。一瀬姓が多く同姓同名が二人いた。珍しいことでもない。  

新たな史料

 投稿者:伊藤哲也  投稿日:2007年10月 7日(日)13時33分18秒
  「歴史春秋」は年2回の発行だけれども今月発行されるのにも
書いたのでした。今は別の史料を使用して斎藤一の一族のことを
書いているのでした。
 

藤田五郎の斗南移住

 投稿者:伊藤哲也メール  投稿日:2007年 6月 2日(土)21時45分45秒
  タイトルにあるとおりのことを新史料3点と幻の史料1点をもちいて「歴史春秋」に発表しま
した(今年の4月)。次回も幻というか誰もが知らなかったことを機関誌と同人誌に掲載予定。
 

(無題)

 投稿者:伊藤哲也メール  投稿日:2007年 6月 2日(土)21時40分1秒
  隼人さん、HPの運営の方は大丈夫でしょうか?
五戸には何度も足を運んでいる身なので、次回は会いたいですね。
 

五戸はどうなのでしょう?

 投稿者:ゆぅちゃんメール  投稿日:2006年 5月13日(土)14時04分41秒
  行った日は雪まみれでしたが、いまは新芽が吹く季節ですね。
またいつか訪れたいと思っています。

http://hp.kutikomi.net/funnya/

 

藤田五郎住居跡の写真

 投稿者:伊藤哲也メール  投稿日:2006年 1月 3日(火)16時02分32秒
  タイトルのとおり、藤田五郎の住居跡の写真は『新選組史跡事典』『会津藩士銘々伝』『流れる五戸川 続15』(共著)に掲載済みなのでした。「歴史読本」か「別冊歴史読本」にも掲載したことがあるのでした。最初の頃は、史跡は何処?と役所に尋ねられた人がいても場所がわからなく、上述の書籍が五戸になかったことから戸惑われたそうです。  

史跡の写真、所在地

 投稿者:伊藤哲也メール  投稿日:2006年 1月 2日(月)01時06分52秒
  斎藤こと藤田の住居跡は二箇所で最初に写真入りで紹介したのは『新選組史跡事典 東日本』
新人物往来社で次は『斎藤一のすべて』に写真入りで掲載執筆したのでした。
 

隼人さん、はじめまして

 投稿者:伊藤哲也  投稿日:2006年 1月 2日(月)01時01分31秒
  隼人さん、はじめまして。
Eさんは、お元気でしょうか。一昨年は世話になり駄文をかかせていただいた方のことだと思います。Eさんは、斎藤一ので五戸出身者のことを尋ねられてきて活字化にするそうです。高木家関係なのですが、資料は戦災等で焼けてしまい当主は他界した旨も伺いました。Eさんが所有している斎藤関係のものとなると私がコピーして渡した史料の一部のことかな。
 

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